明治になって、
新しい法律が施行されたころのことです。

それまで、生きたまま土の中にはいり、
念仏を唱えながら座して死を迎え、
そのまま土の中で即身仏(乾燥した遺体、ミイラ)。
つまり、生きたまま仏になるという方法がありました。

ところが明治の新しい法律では、死ぬことを伝えられながら、
そのままほおって置くことが罪となり。即身仏になるために入る、
土の中に掘られた空間を墓と考えることもできます。

その為、土を掘り返して、即身仏として保存するために作業をすることも、
となってしまいます。

国道7号線のすぐ南、新潟市中央区の大円寺には、
明治初期に即身仏を目指し、即身仏になれなかった魂が眠っています。

それは明治初期、大円寺の住職だった観海上人です。
即身仏になるためには、苦しみが長く続く餓死をしなければなりません。

即身仏になるための飢えに耐えられなかったのか、
即身仏になることを邪魔されたからなのか。

あたりでは、念仏のような声が聞こえたり
不可思議な現象がおきるといわれています。

ウワサでは、昔はよく病気がはやっていたともいわれています。

叔父が若いころ、このあたりを車で走っていると、
ラジオの音声とは別の、「ごう…せ」と人の声が聞こえたそうです。

違法に電波を強めた車が近くにいるような感じではなく、
あまりにも自然に、その声はどこかから入ってきたのだそうです。

観海上人が土の中から出てきたのは、
昭和のなかごろになってから、TV番組として放送されながらでした。

観海上人が目指した即身仏の姿ではなく、
頭蓋骨となってしまいましたが、
観海上人の頭蓋骨は大円寺で供養されています。

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