〒605-0926 京都府京都市東山区今熊野北日吉町 豊国廟

大学に京都を選んだのは歴史が好きだったからです。
いくつか京都市内の大学を受けたのですが、
京都女子大という大学だけに受かりました。

大学は東大路通りから坂道を上った先にありました。

京都はどこに行っても観光地ですが、
その坂道のはじまる東大路通りの向かいは京都国立博物館、
博物館の南向かいは三十三間堂という立地で、
歩道にはいつも修学旅行生や観光客がひしめいていました。

大学は少し坂道を入ったところにありましたが、
坂道のどん詰まりという訳ではありません。

大学のわきを坂道はずっと続いていて、
頂上は豊臣秀吉が眠る豊国廟になっていたのです。

坂道の両側は大学の研究棟や図書館などがありますが、
途中から右側は大学で、その向かい側は大きな料亭のような日本家屋がありました。

特に、大学の入り口に向かい合うように、その日本家屋の門があり、
大学に行くといやでも目に入ります。

門といっても、藁葺きの小さな屋根を持った格子戸の門で、
いかにも由緒正しい家という感じでした。

日本家屋も相当に古い感じがしましたが、
とても庶民が住んでいるような感じではなかったのです。

それより驚くのは家屋の後ろ、ちょうど坂道に沿って、広い庭が広がっているのです。

庭は苔むしていて、木々が鬱蒼としていて、昼間でも薄暗く、
その真ん中の少し小高くなったところに東屋がありました。

塀もなく、坂道を上っていくと、その庭がいやでも目に入ります。

そして、その門の前に、時々、地味な和服を着た、
おかっぱ頭の若い女性が立っていました。
誰かを迎えるために、待っているようでした。

お客さんを迎えるためかしら?
いったい何屋さんかしら?と友達に聞いても、誰も知りません。

若い着物の女性は友達の何人かも目撃しているので、
やっぱり料亭かなあという話になりました。

若いのに地味な、灰色のような着物を着てるよね。

料亭にしてはその地味すぎる着物と、どう見ても20代にしか見えない女性との、
アンバランスさが何となくいやな感じがして、
それ以上仲間内で詮索するのがはばかられました。

ある日、夏休み前の最終講義が突然休講になり、
それなら豊国廟まで登ってみようという話になりました。

仲のよい友達2人と大学を出ようとすると、
その日もあの女性が門の前に立っていました。

それを見た途端、いい天気だったのに、
急に雲が覆いかぶさったように薄暗くなり、
すっと空気が冷え込んだような感じがしました。

あっ、いあやなもの見たなあと思いましたが、
口に出すとせっかく休講になった解放感が台無しになるような気がして、黙っていました。

友達もそう思ったのか、いつになく口数が少なく、会話は弾みませんでした。

坂道を登りはじめました。
どうしても日本家屋の後ろの広い庭が目に入ります。

そして、鬱蒼とした木々の中に、東屋のほうに目が行ってしまいました。
すると、東屋の中にだれか座っているではありませんか。

何度かこの道を通ったことはあるのですが、
東屋だけでなく、庭の中に人がいたことなどありません。

驚いて、じっと見ていると、
友達が「あっ、あの着物の女の人だ!」と小さな声でつぶやいたのです。

えっ、よくよく見ると確かにさっき門の所で見た、あの女性です。
「だって、今、あの人見たばかりじゃない。わたしたちより先に来れないよ。」ともう一人の友達。

声が震えていました。

3人ともどう見てもあの女の人だと思っていることが、
わかりましたが、それをまた声に出せずにいました。

その時、気づきました。
あの女の人の着ている着物の帯が黒いことに。

思わず、「帯が黒いよね。」と口をついて言ってしまいました。
「着物が灰色で、帯が黒って、法事とかなんかそういうことじゃない。」と友達。

もうダメです。一刻も早くこの場を離れなければ・・・
3人とも同時に回れ右をして、一斉に坂を下りはじめました。

でも、どうしてもさっき通った門の前をもう一度通らなければなりません。
また、あの女の人が立っていたらどうしよう。

すぐに門が視界に入ってきました。
見ないでおこうと思えば思うほど、そちらの方に目が行ってしまいます。

やはり誰かが立っています。

あの女の人だ。もうどうしようもないぐらい怖くなって、足が震えだしました。
でも何か変なのです。

顔があるところがさっきとは違うのです。
最初はお辞儀をしているのだと思いました。

黒いおっかぱ頭のサイドの髪の毛が、
お辞儀で顔をおおっているのだと思ったのです。

違いました。

女性は格子戸にぴったり顔をつけ、わたしたちの方に背中を向けていたのです。
黒い髪は後ろ髪だったのです。

灰色の着物に黒い帯。そして真っ黒な髪だけがその上にのっているのです。
わぁーっと、3人とも叫びながら、かけだしていました。

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