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本丸跡に愛宕神社が所在する
福島県二本松市東和町針道愛宕森の廃山城の
小手森(おでもり)城がなんで心霊スポットなのかなんて、
地元の人には説明不用かも知れません。

これは酒の席で、会社の同僚Aから聞いた話です。
Aが大学1年の夏休み、友人らと肝試しをすることになりました。

それぞれ候補地を紙に書いた上で、
抽選箱によるクジで肝試しの場所を決めたのですが、
結果、小手森城になったそうです。

友人の1人が「誰だよ、小手森城なんて紙に書いた奴は」と
悪態をついていたのを今でも記憶にあるそうです。

因みにAは黒塚と書いたそうです。

昼間に下見やスタート地点からゴール地点までのかかる時間を
計測したりなどの事前準備をした上で、
夕方過ぎ頃に肝試しをスタートしたそうです。

大手門跡の鳥居から1人ずつスタートし、
ゴールである愛宕神社に近い庚申塔や秋葉塔がある付近まで進み、
全員が到着するまで待っておくというものでした。

順番はじゃんけんで決めたのですが、
Aは一番最後になったそうです。

最期から二番目の友人がスタートして、
ゴールに到着したであろう数分後にAはスタートしたそうです。

昼間に道中の木に目印つけ、懐中電灯を片手に持っていたとはいえ、
夜中近い森の中は、暗く不気味で空気も重く感じたそうです。

しばらく歩いていると、周辺で音が聞こえてきたそうで、
空気もだんだんと淀んできたそうです。

最初A氏は、草木や虫の声だと思っていましたが、
どんどん道を進んでいくとともに、
音がだんだんはっきりとしてきたそうですが、
どうも悲鳴のような気がしてきました。

正直冷や汗が止まらず、足早に道を進んでいましたが、
四方八方から女子供や獣の悲鳴がはっきりと聞こえてきたそうです。

これはヤバイと思ったAは、走り出そうとしたときに、
耳元で言葉が聞こえたそうです。

何で殺すの?」という意味を持つ言葉が。

そこから、Aの記憶が途切れ、
気付いたら心配そうに友人が囲んでいたそうです。

どうやら、道中気絶していたようです。
友人の中にも似たような耳鳴りが聞こえた者もいたようです。

天正13(1585)年に伊達政宗が昨年約束を破った
大内定綱を攻めることを決め、小手森城主の菊池顕綱は
縁戚の大内定綱についたそうです。

一旦攻めてきた伊達軍を追い返した後に、
菊池は城の明け渡しを申し出るも伊達政宗はこれを拒否して、
旧暦8月27日に再度小手森城を攻め、
菊池顕綱や大内定綱の親類をはじめ、
城兵はもちろん女子供を含む800人とも1000人とも言われる
人々を皆殺しにし、犬に至るまで殲滅した
そうです。

周辺の人々に「小手森城の撫で切り」として
後世語り継がれることになったそうです。

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