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沖縄にはサンゴ礁が隆起してできた自然の洞窟(濠、ガマとも)が各地にあり、
太平洋戦争で日本で唯一住民を巻き込んで地上戦が行われた激戦では、
避難や野戦病院として使われました。

有名なものは「ひめゆりの塔」の下にある外科濠です。
八重瀬町にあるガラビ濠も野戦病院として、白梅学徒隊という女学生たちが
兵士の看護に不眠不休で当たっていました。

この濠には、手術室といって負傷した兵士の手足を切断する場所があり、
女学生たちはその手足を砲撃の合間をぬって外に捨てに行ったのです。

現在、この濠が崩落の危険があるということでもう中に入ることはできず、
外からの見学になります。10年ほど前に訪れたときはまだ入れました。

この入り口に続く道は天気が良くても湿って滑り、
濠のすぐ左手には何と「人骨」がすぐ手の届く場所に置かれていて
最初に説明を聞かなければ心臓が止まるくらい驚きました。

これは沖縄の「風葬墓」といって昔からあるもので沖縄戦とは関係がありません。
暗闇の洞窟ではもともと土の湿った匂いなのですが、
黴臭いような、行って見ればまだ「戦争のにおい」がします。

濠の中は道がありますが、いたるところで行き止まりがあり、
ところどころで広くなったスペースがありますがそこが居住空間だったようです。

最初は人の後をついて見学していたのですが、途中から私が一番最後になりました。
懐中電灯だけが頼りなので振り返れば何も見えません。

途中から背中が重くなってきて、苦しくなりました。なんだったのでしょうか。
ようやく濠を出て外の空気に触れましたが、ここで数か月の間、
懸命に看護をしていた白梅学徒隊の少女たちのことを思うと
取り残してきてしまったようなそんな気持ちでした。

しかし、その後「白梅の塔」に参拝して彼女たちの冥福を祈ることができ、
ようやく背中が軽くなりました。

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