JR京都駅の東、
三十三間堂の隣にある養源院での話です。
養源院の天井に張られた板にはシミが目立ち、
よく見ると手や足の形をしているものがあります。
これは年月を重ねてついたシミが、
たまたまそういう風に見えるのではなく、
本当に人の手や足の跡なのです。
それは関ケ原の合戦の前にさかのぼります。
徳川方の伏見城が豊臣方に攻められ、
伏見城を任された鳥居元忠の運命は風前の灯でした。
元忠は380人の家臣と「中の御殿」に集まり、
敵の手にかかる前に全員が自刃。
手や足の跡はこの時についたもので、
大量の血が染み込んだ「中の御殿」の床板は、
洗っても削ってもシミがとれなくなっていました。
関ケ原の合戦の後、
無念の自刃をした元忠たちを供養するために養源院が建てられ、
天井には血がとれなくなった床板が利用されることになります。
この床板は『血天井』として、
養源院の見どころの一つになっています。
友人と京都旅行に訪れた際、
私たちが養源院に入るときに女性とすれ違いました。
私には一人しか見えなかったのに、
友人には後からついてきた男性が見えたというのです。
あまりにも情けない表情をしていたから、
彼女とケンカをしたのかと思ったらしいのですが、
それを宿で食事をしているときに話題に出すからもう大変です。
私たちにも養源院で幽霊がついたかもしれない、
子供がじっとこっちを見ていたのはもしかして、
旅の思い出がどんどん嫌な出来事に変わっていきます。
「今も幽霊と一緒にいるってこと?」
養源院の後に、
お寺とかにも行ったから大丈夫だろうと言ったものの、
内心は不安でいっぱいです。
結局、金縛りとかそういったことは起きなかったのですが、
私たちは寝ることができませんでした。
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