タチソ(高槻地下倉庫)
「タカツキ」「チカ」「ソウコ」の頭文字を使った名称で、
軍の施設だったことからタチソが定着した呼び名になります。

戦争の時に地上に倉庫があると標的になるから、
地下に倉庫を作ろうという話になって、
あちこちから労働者を集めたそうです。

倉庫と言っても今で言う地下街のような感じで、
トンネル群といったほうがイメージし易いかもしれません。

当時は全て手掘りでの作業で、
集められた労働者達が何人も犠牲になったということです。

今でも高槻市には、
ただの森のように見える地下にトンネル群が残っています。

仲間何人かで実際に行ってみると、
管理されていないように見えて、
戦争中の道具とか落ちているんじゃないかと
好奇心でタチソ(高槻地下倉庫)のトンネルに入った時です。

ライトは持っていなかったので、
オイルライターの灯りをたよりにトンネルを進みますが、
もちろん戦争中の道具なんて残っていませんでした。

なぜか軍手が片方落ちていたり、菓子のゴミが落ちていたり、
同じようなことを考える人もいるんだなと思っていました。

トンネルの先で動く影が見えたので、
ライトないんだからそんなに遠くに行くな、
と注意を呼びかけたのですが全員近くにいます。

トンネルの中にゴミが落ちていたので、
他にもここに来た人がいるとはわかっていたので、
今日はたまたま自分たちの他に人がいるのだろうと思っていました。

「こんな暗いトンネルの中で、さっきの人はどうやって物を見ているの」

足元に水が溜まっている所もあったり、大きな石の塊があったり、
物が見えてないと移動するのも危ないと気がついて鳥肌がたちます。

タチソを作るのに3500人の人出が集められたと後で知って、
それだけ人を集めるほど事故が起きたのなら
幽霊がいても不思議ではないと思います。

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